NU東京は、2003年9月11日付で、以下の内容の、労働審判制度に関するパブリックコメントを、司法制度改革推進本部に提出しました。

TOPページへ

2003年9月11日

司法制度改革推進本部事務局

「労働審判制度」意見募集係 御中

東京都渋谷区千駄ヶ谷5丁目15番13号

労働組合ネットワークユニオン東京

「労働審判制度」についての労働組合としての意見

 私たちは、中小零細企業で働く労働者を中心に組織された労働組合です。所属会社にとらわれず1人でも加入できる、所謂「合同労組」の組織形態をとっています。現在、120名ほどの組合員が在籍しており、それぞれの職場にあって雇用主企業との間で、安定した労使関係の実現、労働条件向上、就労環境改善を目指して交渉を持ち、或いは、解雇などを巡って争議の状態にあります。

 私たちのような個人加盟合同労組には、所謂“駆け込み”的に加入した組合員が、少なからず存在します。彼らが直面する問題の殆どが個別的労使紛争の範疇に属するものです。現在我が国には、諸外国にあるような労働裁判所が無く、一個人と企業・法人との間で発生した雇用・労働に関する紛争を解決するための数少ない場の一つとして、個人加盟合同労組もその役割を担っています。

 雇用の流動化、多様化が加速し、同じ会社で同じような仕事をしている労働者でも、一人は正社員、一人は契約社員、派遣やアルバイトなど、その立場はさまざまです。同一価値労働=同一賃金の実現を目指すのが労働組合活動の本分ではありますが、現状を百歩譲って肯定的に見れば、働き方の選択肢が増えたとも言えるでしょう。これは、労働契約の個別化を加速させることにもなります。

 個別の労働契約の下にある労働者にとって、この労働審判制度の導入が、労使紛争を解決する場として真に活用できるものとなれば、大変喜ばしいことでありますが、それには次に述べるいくつかの問題点がクリアされる必要があると考えます。

 まず何よりも、ここでなされる判断には実効性が確保されなければなりません。双方の同意を待たなければ解決案が出せなかったり、解決案が出されても、一方の(特に使用者側からの)不服申立てによって効力を発することができなかったりする程度のものなら、はじめから従来の民事訴訟を提起する方がましだと言えます。労働者にとって有効な解決手段と言えるためには、罰則規程を伴うような、強い拘束力が求められるのです。

特に外資系企業の場合、法的拘束力の無い和解案は、本国に対して説得力を持ちません。近年増加している外資系企業の雇用トラブルで、労働者にとってこの制度が有効なものになるかどうかは、実効性の確保にかかっているのです。日本法人には人事部門が存在せず、アウトソーシング会社に給与計算だけさせているという会社も珍しくなくなりました。この制度が導入された時、弁護士費用や本国の責任者が審判に出頭するための飛行機代やホテル代よりも、出頭拒否や決定不履行に対して科せられる罰金・科料が安ければ、制度そのものを無視してかかる方が、コストパフォーマンスが良いという話になりかねません。法的拘束力としては罰則を伴うほど厳しいものが必要です。

 私たちの組合でも、外国人労働者の争議(解雇と団体交渉拒否)に関して地労委に救済申立をした経験がありますが、その過程で、労働委員会からの和解案に基づいて、経営側の弁護士が日本法人の説得を試みたものの、本国の経営陣からは「ジャッジでもない立場の言うことなど従う義務は無い」と、一蹴されてしまいました。そもそも和解の概念が欧米諸国に馴染みの薄いものであり、法廷での決着以外に重きを置かない傾向が、現在でも見られるというのに、労働審判制度が、彼らにとって想起し易い労働裁判所ほどの権威も拘束力も無いとしたら、外資系企業は、日本において労働諸法規を遵守しようという気持ちにはならないでしょう。

 迅速性と適正性の両立も、実効性が担保されてはじめて可能になるものであります。殆どの場合、証拠が使用者側に偏在しているにもかかわらず重要証拠の提出を拒んだり、その財力を背景に、生活に困窮することの無い使用者が、期日を徒に引き延ばしたりすることは、これまでの労働事件でも常套手段としてなされてきました。労働委員会において審問の過程で提出されなかった証拠が、裁判所へは使用者側から提出されるということも、日常的に行なわれています。罰則が適用されないゆえに、卑劣な行為は“やり得”と言わんばかりに横行しています。このような実態を野放しにしたまま、労働審判制度が期日の短縮だけを図るとしたら、これは拙速以外のなにものでもありません。

 公正な判断に資する証拠も乏しいのに、審理終了の期日のみが厳格に設定されれば、解決案への信頼性は低下します。一方、期日が延ばされた場合、収入の道を断たれた労働者が、不本意な解決案をのまざるを得ないという結果が危惧されます。労働者の意向を無視した解決案が、職権で強制されることの無い制度となるよう切に願うものです。

 更に、不服申立てによって裁判(本訴)に移行する場合に、また手続きを最初から積み上げ直すとなれば、この制度の存在は単に時間の無駄、無用の長物と化す惧れもあります。この制度が、実効性、迅速性と適正性を十分に確保した上で、それでも解決に至らず訴訟となった場合に、審判の過程と結果が裁判の手続きと進行において尊重されることを望みます。

 次に私たちは、この制度に関連して訴訟も含めて、労使の力関係の格差について十分な配慮がなされるべきであると考えます。経営者は顧問弁護士やコンサルタントなどから、十二分なアドバイスを必要な時に得ることができますが、情報にアクセスすることにおいても、社内に組合員が多数存在する労組の場合でさえ、労使には大きな格差が存在します。定型訴状の設置など、労働者が手軽に制度を利用できるような工夫はもとより、最新の法律知識や過去の判例を労働者が学ぶ機会も、多角的に幅広く備えられることを求めます。

 労基法その他の諸法規は義務教育で教えられているものであるから、不勉強で知識が無いのは身から出た錆だと言われるかも知れません。しかしながら、一般市民が法律に頼るという事態は、よほどの困難・困窮が、実際に我が身に降りかかってからでないと出来しないのです。

 私たちのような個人加盟合同労組に“駆け込んで”くる人も、組合員になってから初めて、労基法や労組法に目を通すというケースが大多数を占めます。加えて、長期化する不況下、高校や大学を卒業しても、ずっとアルバイトやフリーターでしか働き口が無く、未だかつて一度も正社員になった経験の無い若年労働者が増加の一途を辿っています。私たちのところに相談を寄せる若者の多くが、アルバイトや試用期間の者は雇用保険に入れないと誤解していたり、法定外残業代が時給の2割5分増しになっていなくても疑問すら覚えなかったり、労働者としてまったくの無防備なままで放置されているのです。このような労働者が深刻な労使紛争に巻き込まれた場合、たとえ手続き的に簡便に司法にアクセスできたとしても、一個人の立場で使用者に向かって対等に権利を主張し得るでしょうか。

 個々の労働者が必要な知識や情報に接することができ、審判や裁判の過程でも、必要なサポートを容易に得られるようになるためには、是非とも手続きの公開性を保障し、多くの労働者が、豊富な判例・事例に触れ、有効活用されるような制度となることを願います。労働事件は離婚調停や相続を巡るもめごとと異なり、たとえ個別の紛争であっても社会性の高い課題です。勤労と納税が、条件や環境の違いにかかわらずすべての国民の義務である以上、労働事件を家族や家庭内の争いと同列に非訟事件手続として非公開にされませんよう、ご考慮いただきたく思います。現在、弁護士のみに限られている代理人として、労働組合役員などの関与が可能になるとしても、判例的な情報の蓄積とその活用に道が開かれていませんと、なかなか実現に至るものではありません。

 この労働審判制度は今後、労働委員会制度のあり方とも連関しつつ、労働者にとって簡便で有用な紛争解決手段として整理されねばならないでしょう。我が国の裁判史においても画期的な制度として創設が検討されようとしているのですから、一旦制定されると容易に変更が効かないような硬直した制度にするのではなく、制度導入後も労働参審制を含め、現実に即した微調整が可能な運用がなされることを望みます。

 私たちのような個人加盟合同労組は、雇用流動化の最前線に無防備なまま立たされ、様々な雇用トラブル・労働争議に直面した個々の労働者を、辛うじて受けとめ、支え合いながら日々活動しています。貴検討会におかれては、労働現場の実状を十分に踏まえて、これら諸改革を検討されますよう、切に要望する次第です。

以上

 

TOPページへ